2007年11月24日
Jリーグの歴史
発足当初が懐かしいですね。
振り返ってみました。
Jリーグ発足以前(-1992年)
Jリーグ発足以前、日本サッカーを取り巻く環境は非常に貧弱であった。すでに日本リーグ(JSL)が行われていたが、一試合の観客動員数も人気カードで数千人、平均では千人程度であり、天皇杯全日本サッカー選手権大会等のカップ戦を含めても年間20万?30万人程。サッカー日本代表の試合でも地方の小規模なスタジアムで開催し、それでも観客席はまばらな状況であった。社会人のトップクラスのチームでも練習設備は乏しく、試合会場のピッチは芝生が剥げ、冬になれば黄色く枯れ、雨が降れば水溜りが出来るものが一般的であった。選手はごく一部を除きアマチュアで、普段は会社員としての仕事をしており、サッカーに集中出来る環境ではなかった。
1980年代後半、当時のFIFA会長であったジョアン・アベランジェからアジア初のFIFAワールドカップ開催を日本サッカー協会へ打診されると、一気にプロリーグ構想が推進されていく。まもなく日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の発足が決定。初年度は10チームの参加により開始することとなり、1992年に「Jリーグ ヤマザキナビスコカップ」が行われた。
Jリーグ開幕とJリーグブーム(1993年-1995年)
1993年5月15日、ヴェルディ川崎?横浜マリノス戦の開幕戦で華々しく開幕したJリーグは、それまでメジャーなプロスポーツと言えばプロ野球やプロゴルフ、大相撲くらいしか存在しなかった日本に大きな衝撃を与えた。試合は満員の観客が集まりテレビ中継も頻繁に行われた。Jリーグ・サッカー関連の商品も多く売れ、クラブに大きな収入をもたらした。1993年には新語・流行語大賞を受賞した。
翌94年の1試合平均観客動員数は19,598人で、この記録は2006年シーズン終了時点でも破られていない。都市部にクラブが集中していたとは言えスタジアムの整備も現在と比べて行き届いておらず、さらに平日開催も頻繁に行った上でこの観客数は、当時のブームの大きさを窺わせる。
開幕当時、Jリーグの「企業に過度に依存しない経営」、「地域住民や自治体との連携」という考えは日本において極めて異色の独自性の強いものであったが、当初は「プロ野球のサッカー版」という見られ方をされることも少なくなかった。この時期は選手の年俸が国際市場価格と比較して異常なほど高騰し、後にJリーグ各クラブの経営を圧迫する一因となった。
現在では批判的に見られることの多いJリーグバブルではあるが、この時期にサッカーの認知度が劇的に向上しており、日本サッカーの発展に果たした役割は大きい。代表クラスの大物外国人がJリーグでプレーしたことや、世界に名を知らしめる有名監督もJリーグで指揮を執ったことで、現在も続くパイプも多くはこの時期に築かれている。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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